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03.09.12

第1章 誰のために働くの?<前編>

今、ねずみの国では、チーズ・ビジネスが大流行。たくさんのねずみたちが、それぞれ工夫を凝らしたチーズを作って売っています。一匹でがんばっているねずみもいますが、何匹もの弟子を雇って手広く商売しているねずみもいます。チーズ職人を目指す大半のねずみは、そういう大きなお店で弟子として修行を積んで、腕を磨いてから独立します。


チュー太も、そんな弟子ねずみの一匹です。チュー太は、かれこれもう1年も修行を重ねました。え? まだたった1年だけか、ですって? ねずみにとっての1年は、人間で言えば10年くらいなのです。腕を磨くには、充分な修行期間でしょう。
そうです。チュー太は今まさに、独立しようとしているのです。親方からも独立を薦められ、独立資金も溜まっています。それに、独立して自分のお店を持つことは、チュー太の長年の夢でもあります。その夢が、やっと叶おうとしているのです。

 

それなのに、チュー太の表情は冴えません。このところ食欲がないせいで、毛並みも悪くなってきたし、いつもならピンッとしているヒゲの張り具合もイマひとつです。
チュー太は悩んでいるのです。どんな味のチーズを作るべきか、考えれば考えるほど分からなくなって、独立するのが嫌になってしまうほど悩んでいます。チュー太は腕のいいチーズ職人ですから、どんな味のチーズだって作れます。でも、だからこそ、悩んでしまうのです。

 

nezumi_green_road.gif「なぁチュー太」
そんなチュー太のことを見かねた親方が、心配して尋ねました。
「お前が悩む気持ちも分からんじゃないが、ここは一つ、シンプルに考えたらどうだ?」
「シンプルに、ですか。それは、どういうことでしょう?」
チュー太には、親方の言いたいことが分かりません。
「お前はきっと、一度にいろんなお客さんを喜ばせようとしてるんじゃないか?」
「それは、そうですよ。そうしなきゃ、お店が繁盛しないじゃないですか」
「チュー太、それは間違いだ」
「間違い? でも、ウチのお店は、たくさんのお客さんが来てくれるから、繁盛してるんじゃないですか」
「ほら、そこが間違ってるんだよ。オレが言っているのは、たくさんのお客さんってことじゃなくて、いろんなお客さんを喜ばせようとするなってことだよ」
「え? たくさんのお客さんといろんなお客さんって、違うんですか?」
「全然違うよ」
「えーと、たくさんといろんなって、何が違うんでしたっけ?」
チュー太は、ますます混乱してきました。前歯で柱をガリガリかじりたい気分です。でも親方は、まだ答えを教えてくれません。親方は、チュー太に自分で答えに気づいて欲しいのです。

 

「なあチュー太、ウチの店のお客さんの中に、お金持ちのねずみはいるか?」
「うーん、たぶん、いませんね」
「そうだろう? じゃあ、若いオスねずみのお客さんはいるか?」
「それも、いませんね」
「じゃあ、ウチの店のお客さんは、どういうねずみが多い?」
「そうですね。普通のオバサンねずみが多いですね」
「チュー太、普通のオバサンねずみってのは、どういうねずみのことだ?」
「それは、普通によく見かける中年のメスねずみってことですけど......」
「あのさ、お前の目には、普通によく見かける中年のメスねずみが、全部同じに見えるのか?」
「ええ、まあ......」
「ふーん、お前の目は、相当悪いな。オレの目には、太っているメスねずみもいれば、痩せているメスねずみもいるように見えるけどな」

 

「あ」
「ほら、そうだろう? 普通のねずみなんてのは、この世の中には一匹もいないんだよ。お前はきっと、中流の庶民ねずみのことを言いたいんだろうけど、中流の庶民ねずみの中にも、いろいろなねずみがいるんだよ」
「なるほど。確かに、そうですね」
「じゃあ、もう一回考えてみな。ウチの店のお客さんには、どういうねずみが多い?」
「そうですね。うーんと、庶民的で太目のオバサンねずみが多いですね。あ、それから、子連れのお客さんが多いです。しかも、たくさん子ねずみを連れていますね」
「そうだろ? ウチの店のお客さんの大半は、子だくさんのメスねずみなんだよ」
「言われてみれば確かにそうですけど、ウチの店のチーズは値段のわりには量が多いから当然ですよね?」
「そうじゃない。逆だよ逆」

 

「逆?」
「オレは、値段のわりに量が多いチーズを売りたくって、チーズ屋を始めたわけじゃないぞ」
「じゃあ親方は、本当はどんなチーズを売りたかったんですか?」
「まだ分かんないのか。オレは、チーズを売りたかったわけじゃないよ」
「へ? じゃあ、何を売りたかったんですか?」
「じゃあ聞くが、お前自身はどうだ? お前はチーズを売りたいから、チーズ屋になるのか? 仮にお前が大金持ちだったとしても、チーズを売りたいか?」
「そっか、違いますね」
「じゃあ、何のためにチーズ屋になるんだ?」
「そりゃあ、ちゃんと稼いで、ちゃんとした暮らしをしたいから、ですね。みんな、そうでしょう?」

 

「そうだな。オレも、そうだった。でもさ、どうせ働くんだったら、楽しい方がいいじゃないか。どうでもいいヤツのために働くよりも、自分が好きな相手のために働いた方が楽しいだろう?」
「そりゃあ、そうですよ。あれ? ってことは、親方は子だくさんのメスねずみのために働いてるってことですか?」
「そうだよ。だからオレは、子だくさんのメスねずみのために、値段のわりに量が多いチーズを作って売ることにしたんだ。値段のわりに量が多いチーズを売ったから、結果的に子だくさんのメスねずみのお客さんが増えたんじゃない」
「ああ、そっか! 親方はいろんなお客さんのためじゃなくて、子だくさんのメスねずみだけのためにチーズ屋を始めたから、たくさんの子だくさんのメスねずみのお客さんが来てくれるようになったわけですね」
「そういうことだな。特定のお客さんだけのためにやるから、特徴が出せるんだよ。特徴が無かったら、繁盛するわけないだろう?」

 

 

nezumi_green_road.gif 

「そうか! 僕はチーズのことばっかり考えてたからダメだったんだ。チーズのことを考える前に、お客さんのことを考える必要があったんですね。よく分かりました。ありがとうございます」
「で、お前は誰をお客さんにする?」
「それが問題ですね。考えてみます。因みに親方は、なんで子だくさんのメスねずみをお客さんにしようと思ったんですか?」
「そりゃあ、オレが好きな相手と言ったら、かみさんだからだよ。で、ウチは子だくさんだからな。そういうねずみたちのためにチーズ屋をやれば、同じチーズ屋をやるにしても、やりがいを感じるってもんじゃないか。それにほら、最近は少子化とか言って子だくさんのねずみは減ってるだろ? だから、子だくさんねずみのための店も、どんどん減ってるんだよ。オレが子だくさんねずみのための店をやらないで、誰がやるんだよ」

 

thinkingchuta.jpg「へぇ~、そういうことだったんですか。ちょっといい話ですね」
「まぁな。お前も、自分が好きな相手のために働けよ」
「はい、そうします」
こうしてチュー太は、どんなお客さんのためにチーズ屋を始めるかを考え始めました。

 

第1章 <後編>へ続く (2012年3月13日(火)公開!)

 

next_story1.JPG次 回 予 告

親方から誰に売るチーズを作るのかを決めるようアドバイスをもらったチュー太は更に悩みます。身近には奥さんも彼女もいないため、「誰のために」作ったらいいのか思い浮かびません。そこに同僚のやはり彼女も奥さんもいないチュー輔からのアドバイス。さてチュー太はどんなねずみのためにチーズを作るのか次回明らかになります。次回は『マーケティング・ワンポイント・アドバイス』付き!必見です。