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07.03.12

第16章 感受性が乏しいといい仕事はできない<前編>

前回までのお話
チーズ職人のチュー太のチーズ屋さんはチーズの味がわかる健康志向のねずみのために、天然素材100%でカロリーがあまり高くないチーズを売っています。同じ頃に独立したチュー輔は急なお店の拡大により、経営に失敗し行方不明になってしまいました。しかしお店のお客さんからの情報で、隣の国で再度修行に励んでいることがわかります。チュー輔の作るチーズは香りも味も一流の味で、チュー太はチュー輔に一緒にチーズ作りをしてほしいと手紙を書きました。
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第16章<前編>

今日はチュー輔が帰ってくる予定の日です。チュー太は、お店の奥でドキドキしながらも、いつもの通り仕込みの仕事をしています。チュー太にとっては特別な日には違いないのですが、お客さんにとってはいつもと同じ普通の日です。だから、お店の仕事はいつもの通りなのです。

いつもの仕事をいつもの通りやっていると、本当に今日チュー輔が帰ってくるという気がしません。チュー太は、チュー輔が帰ってくるという話は夢だったのではないかと感じたりしています。だから、わざわざ仕事の手を休めて、チュー哉に「今日、僕の親友が帰ってくるって話をしたよね?」と確認してみました。当然チュー哉は、「しましたね」と応えました。それで夢じゃなかったと分かっても、やっぱり本当にチュー輔が本当に帰ってくるという実感が持てません。だって今日は、チュー輔が帰ってくるということ以外は、何もかもがいつもと同じ普通の日なのです。

いつもと同じ普通の今日は、いつもと同じように過ぎていきます。いつものお客さんたちが、いつものようにお店に来ているのが、お店の奥で仕込みをしているチュー太からも見えます。だから、本当に今日チュー輔が帰ってくるのだろうかと、またもや夢なんじゃないかという気がしてきます。

でも、よく見ると、見慣れないお客さんが一匹います。しかも、そのお客さんはオスねずみです。こっちのお店は<働くメスねずみのためのチーズ屋さん>ですから、オスねずみのお客さんは滅多に来ません。だからチュー太は不思議に思って、そのお客さんのことをしばらく眺めていました。そして、ひょっとして、と思いました。そのお客さんが、少しチュー輔に似ているような気がしたのです。

でも、そのお客さんは、いくつかの商品を見比べて、どれを買おうか迷っているといった様子で、どう見ても普通に買い物をしているように見えます。それに、少しチュー輔に似ている感じはするものの、チュー太が覚えているチュー輔とは明らかに違います。それでもチュー太は気になって、お店の方に出て行きました。すると、そのお客さんがチュー太に気づいて、顔を上げました。

nezumi_wave_road.gif「よう、久しぶりだな」
「チュー輔!」

なんと、そのお客さんは、やっぱりチュー輔だったのです。見た目はまるで変わっていますが、間近でよく見ると昔のままのチュー輔です。毛を短く刈り込んでいるので、まるで別のねずみに見えたのです。

「チュー太、全然変わらないな」
「チュー輔は変わりすぎだよ」
「ああ、隣の国では、毛を短くするのが流行ってるんだ」
「ふうん。あ、ここじゃ何だから、店の奥に行こう。お茶くらいは出せるよ」
「そうだな。ここじゃお客さんの邪魔になる」
 
チュー太とチュー輔は、お店の奥に移動しました。そこには、週に1回のミーティング用の小さなデスクと3つの椅子が置かれています。チュー太は、その椅子の1つをチュー輔に勧めて、自分はお茶を取りにいきました。お茶はあらかじめ沸かしてあったので、チュー太はすぐに戻って来て、自分も椅子に座りました。

「まずは、心配をかけて、本当に申し訳なかった」
チュー太がカップにお茶を注いでいると、チュー輔が本当に済まなそうに謝りました。

「いや、別に謝ることないよ。こうして、また会えたわけだし」
「チュー太もそうだけど、親方とか他のみんなにも心配かけているだろうと思って、手紙くらい出そうと考えたこともあったんだけど、そうすると誰かがオレを連れ戻しに来てくれるかもしれないだろう? そうしたら、オレの決心が揺らいじゃうかもしれないと思って、どうしても手紙を出すことが出来なかったんだ」
「そうだったんだ」

「だから、みんな心配してくれてるだろうなって、ずっと申し訳なく思ってたんだ」
「そりゃ心配したよ。でも、それはもういいよ。元気で戻ってきたんだから、それでいいじゃないか。親方も、チュー輔が元気でいる、今度戻ってくるって報告したら、すごく喜んでたよ」
「そうか。そうだよな。今度、親方のところにも挨拶に行かないとな」
「うん、親方、きっとすごく喜ぶよ」

「ところでさ、お前の店は、随分うまくいっているみたいだな。さっき間違えて、もう一つの方の店に行っちゃったんだけどさ、あっちの店もいい店だったよ。で、店員の子がお前はこっちの店にいるって言うからこっちに来たんだけど、こっちはこっちで別の良さがある。違うコンセプトの店を2つ同時に展開するなんて、すごいじゃないか」

「いや、コンセプトの基本は、実はどっちも同じなんだ。チーズの味が分かって健康志向のお客さんが、ウチの店のターゲットなんだ。2つの店の違いは、オス向けの店かメス向けの店かっていう違いだけなんだよ。オスかメスかが違うだけで、同じ価値観のお客さんをターゲットにしてるんだ」

「なるほどね。じゃあ、その同じ価値観のお客さんのためのチーズを、そろそろオレにも食べさせてくれないかな」
「あ、そうだよね。うっかりしてたよ」
チュー太は慌てて立ち上がって、作りたての<D.D.プレミアム>を取り出しました。そして、それをチュー輔の前に置きました。

nezumi_wave_road.gif「さあ、食べてみてくれよ」
「その様子だと、このチーズにはかなり自信があるみたいだね」
「まあね」
「チュー太、昔に比べると、随分頼もしくなったな」
「そう?」
「うん、昔はもっと、おどおどした感じだったけど、今は全然そんな感じはしない」
「そうかな? 褒めてくれるのは嬉しいけど、褒めるのはチーズを食べてからにしてくれよ」
「確かに。じゃあ、食べさせてもらうよ」
「うん」

チュー輔は、目の前に置かれた<D.D.プレミアム>を、前歯でほんのちょこっとだけ削って食べました。それを見たチュー太は、やっぱりチュー輔はかなり腕を上げたな、と確信しました。そうじゃなければ、ほんのちょこっと食べただけでは、味が分からないからです。

「うん、これはうまい。さすがチュー太だね。昔よりも、さらに腕が上がっている。このチーズは、かなりいい素材を使っているね。しかも、たぶん、100%天然素材だ。それに、かなりカロリーが低いんじゃないか?」
「チュー輔こそ、かなり腕を上げたみたいだね。ちょっと食べただけで、すぐにそこまで分かるんだから」
「いやいや、オレはチュー太を目指して修行し直してたんだけど、まだまだ追いついていなかったようだ」
「そんなことないよ。チュー輔が作ったチーズだって、かなりのものだったよ」

「ああ、手紙にもそう書いてあったね。あの手紙を読んだ時は、本当に嬉しかった。目標にしていたお前に認められたって思って、白状すると実は泣いたんだ」
「おいおい、それは大袈裟だろう?」
chuta&greenmat.jpg「いや、本当だよ。大袈裟じゃないさ。人様に認めてもらえたり、人様の役に立てることっていうのは、すごく嬉しいことだよ。しかも、自分が目標にしていた相手に認められたら、そりゃあ最高に嬉しいさ」
「そっか。それが本当だったら、照れくさいけど、すごく光栄なことだね」

チュー太はそう言いながら、チュー輔の価値観が自分と同じだと実感しました。そして、これで安心してチュー輔を雇うことができると思いました。

第16章 感受性が乏しいといい仕事はできない<後編>へ続く
2012年7月6日(金)公開!


チュー太がこれまでに学んだマーケティングのポイント